終わりのない戦いを繰り返す八郎と孔雀。

もう何戦目かは覚えていない。


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八郎が孔雀の腕を切り落とした!!

八郎が孔雀に時の逆鉾を使うように促す。

しかし・・・

腕が戻らない!!

時が戻らなくなってきている!!

 

孔雀の首の傷もなおらない。

孔雀は驚く。

よもや、時の逆鉾を破るものがいたとは・・・

 

八郎は孔雀の首を切り落とした!!

 

孔雀の首がしゃべる。

時の逆鉾を破った八郎を称える。

 

八郎は自分ひとりの力では今頃心が砕かれていたと話す。

6年前のあの日に楔は打ち込まれていた。

 

八郎が説明する。

忍法とは肉体を限界まで鍛え上げることで手にする技の極致。

対し、魔術は


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怒り 悲しみ 怨み 憎しみといった負の精神を極限まで高めることで超常たる力を顕現させるもの。

 

ならばなぜ、響きは6年前のあの日、力の根源が異なる魔術を忍法で破ることができたのか。

それは、響の盾眼術は忍法だけでなく相手の殺意や敵意も霧散させるものだから。

 

魔術で生きながらえている孔雀たちにとって精神が揺らぐことは死につながる。

つまり甲賀八郎が孔雀を挑発して殺意を抱かせて矛眼術を使ったのは、孔雀に本能寺での最後の光景を見せて心を乱すことで時の逆鉾を霧散させるための布石だった。

 

矛眼術で見せられた殺意の正体・・・

孔雀が本当に許せなかったのは八郎ではなく、愛するもの(信長)を守れなかった無力な自分自身だったのだ。

 

 

 

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